心不全パンデミックに立ち向かう新たな治療戦略の可能性
―DAPA-EAT試験結果の発表―

| 日時 | 365体育app7年12月1日(月)11時00分~11時35分 |
|---|---|
| 場所 | 生涯研修センター研修室 |
| 発表者 |
本学医学部 内科学第4講座(循環器内科) |
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概要
近年、心不全患者が増加し「心不全パンデミック」と呼ばれる深刻な状況が広がっています。心不全は症状発症後から徐々に悪化し死に至るため、発症前の予防が世界的課題です。心不全発症危険因子は複数報告されていますが、なかでも心臓を取り巻く心臓周囲脂肪は重要な危険因子とされています。心臓周囲脂肪が1mL増える毎に、心不全発症リスクが1.6倍高まると報告されています。しかしこれまで、心不全症状を発症する前に心臓周囲脂肪を減少させる有効な介入方法は不明でした。
和歌山県立医科大学および県内関連施設から構成された研究チームは、症状のない心不全、いわゆる初期段階の心不全患者さん229人を対象に、心不全症状出現後に用いられる心不全治療薬であるダパグリフロジンを用いた臨床試験を行いました。その結果、24週間の服用で心臓周囲脂肪は平均25mL減少しました。さらに心臓のしなやかさを阻害する心筋の繊維化が改善し、心室の拡張機能向上が確認されました。これまで心不全の治療戦略は、一方方向に進行する病勢悪化速度を如何に軽減するかというのが大きな治療戦略でした。しかしDAPA-EATの結果は、心不全の初期段階であれば、病気の進行を逆方向に向けることが可能と言うことを示しています。これから更なる研究成果が待ち望まれますが、心不全症状が発症する前の介入が、新しい心不全治療法になる可能性を示しています。
1.背景
日本循環器学会の2025年改正版のガイドラインで、患者向けに、「心不全とは,心臓が悪いために,息切れやむくみが起こり,だんだん悪くなり,生命を縮める病気です」と定義されています。
全世界において心不全患者数は急激に増加しつつあり、現在の日本の心不全患者数は120万人に達すると推計され、いわゆる?心不全パンデミック?とよばれる深刻な状態です。そのため、いかに心不全発症を予防するかは世界の保健福祉において重要な課題となっています。
心臓の周囲に存在する脂肪『心臓周囲脂肪(Epicardial Adipose Tissue:EAT)』は、これまでエネルギーの貯蔵や、外部からの物理的衝撃から心臓を守るための組織と考えられていました。しかし近年の研究から、EATの増加は、心不全、冠動脈疾患、心房細動などの心臓疾患の発症?進行に深く関係することが明らかとなり、心臓疾患の新しい治療標的として注目されています。しかし、心不全発症前にEATを減少させる方法については明らかではありませんでした。
もともと糖尿病薬として開発されたSGLT2阻害薬は、心不全の予後改善に効果がある事が知られ、現在では有症候性心不全の主たる治療薬となっています。しかし症状のない心不全における心臓周囲脂肪や心筋構造への効果は不明でした。本研究に先立ち、過去の臨床データを解析したところ、SGLT2阻害薬の投与により、EATが減少することを見いだしました。そこで、本研究では、症状のない、いわゆる最初期段階の心不全患者において、SGLT2阻害薬は、EATを減少させるのか、また心臓の構造悪化に関与する心筋の繊維化や、心臓の拡張機能に好影響があるかを検証するため、多施設共同臨床試験を実施しました。
2.研究の目的と方法
和歌山県内8施設(有田市立病院?紀南病院?新宮市立医療センター?橋本市民病院?ひだか病院?南和歌山医療センター?和歌山ろうさい病院?和歌山県立医科大学附属病院)から構成される共同研究チームは、症状のない心不全患者229人を対象に、SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン)の心臓周囲脂肪への効果を検証する『DAPA-EAT試験(jRCT1051220025)』を実施しました。
参加者を無作為に2群に分け、24週間の間、標準治療に加えてダパグリフロジンを服用する群と、標準治療のみを続ける群を比較しました。主要な評価項目として、心臓周囲脂肪(EAT)の体積変化に設定し、さらに心筋の繊維化や拡張機能の評価を、CT、心エコーで評価しました。
3.研究の意義と社会的な意味
SGLT2阻害薬を服用した群では、24週間後にEATの体積が平均約25mL減少し、心臓の線維化や拡張機能が改善しました。副作用は少なく、安全に使用できました。
この成果は、心不全の症状が現れる前の段階から、SGLT2阻害薬により、心不全の進行を抑えられる可能性を初めて示したものです。
将来的には、心臓周囲脂肪を標的とした「予防的心不全治療」という新しい概念の確立につながることが期待されます。
4.まとめ
- 症状のない心不全患者229人を対象とした多施設共同臨床試験で、SGLT2阻害薬ダパグリフロジンの心臓周囲脂肪(EAT)への効果を検証した。
- 24週間の投与で、EATが有意に減少した。
- 心臓の線維化や拡張機能も改善し、安全性も確認された。
- 心不全の発症?進行を防ぐ新しい治療戦略の可能性を示した。
- この試験結果は、米国心臓協会(AHA)学術集会2025 Late-Breaking Scienceセッションで発表され、医学誌 Circulation に同時掲載されました。
5.論文情報
論文名: Dapagliflozin Reduces Epicardial Adipose Tissue and Myocardial Fibrosis in Subclinical Heart Failure: The DAPA-EAT Trial
著 者: Akira Taruya, Shingo Ota, Yasutsugu Shiono, Takashi Yamano, Motoki Taniguchi, Yasunori Yamamoto, Yasushi Hayashi, Shintaro Kuki, Yuta Takano, Toshikazu Hashizume, Ikuko Teraguchi, Toshio Imanishi, Yasushi Ino, Hiroki Emori, Keisuke Satogami, Junko Morimoto, Toshio Shimokawa, Hironori Kitabata, Kenei Shimada, Atsushi Tanaka, on behalf of the DAPA-EAT Investigators.
掲載誌: Circulation (2025年11月9日にonline公刊されました) https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.125.077630
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